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取材 2017.09.09

訪れる人の胃袋と心を満たす『“日本一標高の高い”山頂のパン屋さんができるまで』

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長野県と群馬県にまたがる横手山(標高2,307m)のてっぺんで、パンを焼き続けて40年以上。『横手山頂ヒュッテ』の焼き立てパンは、現在進行形で多くのハイカーの“胃袋”と“心”を満たしている存在。でも、どうして山頂でパン屋をはじめたのでしょうか?早朝の仕込みにお邪魔して、お話をうかがってきました。

“お風呂場”で発酵させていた昭和時代

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遡ること、昭和26年12月。新潟県から群馬県へと超える商人たちの避難小屋として『横手山頂ヒュッテ』は誕生しました。現在は建て替えを経て、横手山のてっぺんに建つ立派なヒュッテで、3代目となる高相育永さんと奥さんの則子さんが毎朝パンを焼き、レストランや宿の経営を引き継いでいます。

「大体6時~6時半位からこねはじめて、焼き上がったものからどんどん店頭に並びます。夏休みだと500個~1000個くらい。多い時は、2000個以上作る時もありますね。ほとんどの作業を朝やっています」

2000個……!?その数には驚きを隠せません。だってここは、山の上。麓の街から車でやって来ても、1時間以上はかかります。そこまでしても「食べたい」理由が、ここのパンにはあるのです。
13話をうかがったのは、横手山頂ヒュッテ3代目主人高相育永さんと、奥さんの則子さん
13人の男の子の子育てをしながら、毎日早朝からおいしいパンを焼き上げている

今はどこに行っても当たり前のように買えるパン。わたしたちにとって“日常食”とも言えます。しかし、当時は都会の人たちの食べもので、山の上で生活する高相さん一家にとっては“貴重な食べ物”だったと、育永さんのお母さん、妙子さんは話していました。
162代目主人、高相重信さんの奥さん、妙子さん。神戸で育ち、22歳の時にここへ嫁いできた

妙子さんは幼少の頃に家でパンを食べたことがあったそうで、嫁いできた横手山頂ヒュッテでも食べたいと思い、訪れる人たちから話を聞いたりして独学でパンを作り始めました。それが昭和42、3年頃のこと。横手山頂ヒュッテでパンを焼き始めたのは、2代目主人高相重信さんの奥さん、妙子さんだったのです。
5道具はほとんど変わってしまったが、量りだけは創業当時から使っているそう

「当時、主人のお母さんがここで手打ちうどんを作っていたのね。わたしは山でもパンが食べたかったから、うどんの粉をもらって、手でこねて、イースト菌を買ってきて、ボールに入れてね。それでビニールを被せて、布で縛って、浴槽のフタの上に置いていたの。ほら、お風呂場は湿気があるでしょう。だから発酵させるのにちょうどいいと思ったの。だから、泊まっているお客さんたちに“お願いだからお湯掛けないでね~”って言って(笑)。板と板の間に置くと温度がちょうどいいの。当時は発酵させる機械なんてなかったから」
4当時は中身の入っていないシンプルな山型のパンだけだった

最初は自分たちが食べたくて、その一心で試行錯誤しながら作り始めたパン。高地に適した作り方にたどり着くまで10年ほどの年月がかかったそうです。しかし、そのパンに対する愛情が伝わったのか、次第にお客さんから「売ってほしい」と言われるようになり、販売を始めることになったんだそう。
2玄関を入ってすぐのところにパンが勢ぞろい。狙い目はオープンの直前・直後!

「毎日やっていないと分からない」。その肌感覚がおいしいパンを生む

妙子さんたちから技術と愛情を受け継いだ育永さんと則子さん。しかし、“山頂でのパン作り”の苦労は今でもたくさんあると話します。

「気温が発酵時間を左右するので、時期によって変えるようにしています。冬は寒いので1.5倍くらいが基準。 冬は水がものすごく冷たいんですよ。だから作業も大変。でも、もっと大変なのは、悪天の時!水は湧水をポンプで汲み上げているので、雷が落ちて停電でもしちゃったら全部の水道が止まっちゃうんです」
82人の息がピッタリと合い、作業は無駄なくどんどん進む。まさに阿吽の呼吸

気温だけでなく、水の温度によっても発酵時間が変わってくるそうで、「毎日やってなきゃ分かんない」と育永さん。長年の研ぎ澄まされた肌感覚によって、絶妙のタイミングを見出しているのです。まさに職人技です。

「生地で季節が変わるのが分かるんですよ。生地が柔らかくなってくると、あー夏が来たんだなって。発酵が遅くなってきたら冬が近いのかなとか。多分どこのパン屋さんもそれを感じていると思うけど、うちは標高が高いから、よく分かる」
10パンが焼き上がるとチャイムが鳴るしくみだが、タイマー通りに焼けないことも多く、その時々によって多少長めに焼くこともあるそう

「それと、工夫していることと言えば、乾燥対策かな?うちは乾燥がひどいから、霧吹きでパンの表面をシュッシュッと濡らしています。特に冬は、下界よりも格段と寒いからずっと暖房を入れるでしょ。だから1、2分でも乾いちゃうんです」
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山頂で営む上で大変なことは多いけれど、もちろんやりがいも感じていると、則子さんはニッコリ。

「やっと来れた~!って言ってくれたり、昔と変わらないって言ってお孫さんを連れて何十年ぶりかに来てくれたり。林間学校で来てくれた子がここでパンを食べたことをずーっと覚えてくれていて、いつか自分たちの力でここに来て泊まりたいって思ってくれて。で、実際大人になって旦那さんを連れて来て。そういう話を聞けるのがとても嬉しいです」
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『横手山頂ヒュッテを愛する会』と書かれたノートを開いてみると、全国各地からやってきた人々の愛あるメッセージで溢れかえっていました。山の上まで訪ねてくれるお客さんの笑顔こそが、2人の原動力になっているのかもしれません。
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ちなみに、2人にお気に入りのパンを聞いてみると、則子さんは『焼いた直後のくるみパン』、育永さんは『ブルーベリーパン』とのこと。

「といっても、ブルーベリーパンはほとんど売りには出ていないんです。地元の酒屋さんが作っているブルーベリーを分けてもらってうちで混ぜて作って。なので、秋の収穫の時にたま~に店頭に並ぶかなくらい。紅イモみたいなむらさき色になるんですよ」
6則子さんの大のお気に入り、くるみパン(450円)
18焼き立てホヤホヤのパンが二人の手によってどんどん出来上がっていく

一番おいしい状態でパンを届けたい

パンのほかにも、『キノコスープ』や『ボルシチ』など名物はいくつかあります。冬はマイナス20度まで冷え込む横手山。「寒い国の温かい料理を提供したらどう?」というお客さんのアドバイスをもとに、ロシア料理を日本人の口に合うように2代目の重信さんがアレンジしたんだとか。
15もちもちのパン生地を割ると中身は、、、
9アツアツのホワイトシチュー!しあわせがたっぷり詰まっている(キノコスープ1000円)

ちなみに、パンは7時くらいから焼きはじめているそうで、「お店は閉まっているけれど、前日に電話で問い合わせしてくれたらできる限り対応しますよ」と育永さん。なんて親切……!

ただ、リフトの営業と送迎時間外のため、登山道を登ってくる必要がありますが、頑張って歩いてくれば、誰よりも早く焼き立てパンにたどり着けるというわけです。日によっては午前中に売り切れてしまうそうなので、「売り切れが心配」、「全種類の中から選びたい!」という人は、ぜひ訪問前に問い合せてみてはいかがでしょうか?
7広々とした食堂。購入したパンをその場で食べられる
19ヒュッテのまわりは展望が開け、遠くの山々まで見渡せる。開放感たっぷり!

夏は避暑地ハイキング、冬はスキーヤーで賑わう横手山。今日も香ばしい香りを漂わせながら、横手山頂ヒュッテの焼き立てパンは、人々を笑顔にしてくれます。
「一番おいしい状態でパンを届けたい――」。横手山頂ヒュッテのパンを頬張ったとき、2人のパンに対する愛情がきっと伝わってくるはずです。
3

『横手山頂ヒュッテ』

〒381-0401長野県下高井郡山ノ内町大字平穏7149-17
横手山頂ヒュッテ
TEL:0269-34-2430
URL:http://www.yokoteyama.com/
営業期間:通年
営業時間:季節によって変動あり。HP要確認
定休日:不定休

(写真:編集長 羽田裕明)

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