
年をかさねても女性でありたい 毎日を美しく生きるひとのお話
素敵な方を見ると、心がふわっと温かくなります。自分もあんな風になりたい。そう思える方との出会いは、自分の生活を豊かに変えてくれることもあるでしょう。そんな素敵な方のお話です。
ある大学の講義でのこと。
先生は洗練された雰囲気の日本人女性で、アメリカで子育てをした経験のある方。先生がアメリカの病院で二週間ほど入院して過ごしたときの出来事を、余談で話してくれました。
「病室で寝ていたら、突然知らないおばあさんが私の病室に入ってきたんです」
おばあさんは、驚いている先生にこう言いました。
「こんにちは。いいお天気ね。ご機嫌いかが?」
とてもゆっくり丁寧に、美しい英語で挨拶しました。しかし、先生は全くの初対面。それなのに、彼女は親友であるかのように入ってきて、「よろしいかしら」と先生の病室の椅子に腰かけるのです。
「一体この人は何なんだろうと思いました。でも、本当ににこにこしていてとてもいい人そうで、危険な感じはしなかったから、そのまま『元気です、あなたは?』と返したんですけれどね。最初はこわかったです」
彼女はもうおばあさんなのですが、豊かな白い髪をとてもきれいにセットして、綺麗な服を着ていました。病院の患者だというのに、上品に化粧をして、背筋をすっと伸ばしてにこやかなのです。洗練された身なりと物腰でした。
先生の病室にある鏡の前で、彼女は自分の髪にそっと触れながら、
「わたくしはおかしくないかしら? きちんとして見えますか?」
遠慮気味に先生に尋ねます。
「ええ、とっても」
先生は何が何だか分からなかったそうです。しかし、その答えを聞くと彼女は嬉しそうに笑うのです。
しばらくして出て行った彼女。この出来事を看護師さんに話してみると。にこやかに言われました。
「ああ、メアリーね。彼女は大丈夫よ」
聞けば彼女は認知症で、もうほとんど誰のことも分からないような状態なのだそうです。それから、病院の中を歩くと、ときどき彼女とすれ違います。
「メアリーはみんなに話しかけていました。いつも病院の廊下を、まるでロイヤルファミリーのように品よく歩いて、ひとりひとりに笑顔で上品に声をかけて。だから看護師さんや患者さんも、『メアリー、今日も綺麗ですね』と声をかけるんです。すると彼女はありがとう、と喜ぶの。みんなメアリーが大好きで。彼女は病院のアイドルでした」
先生もすぐメアリーを好きになり、それからは病室に彼女がふらりと立ち寄ってくれるのが楽しみになったそうです。メアリーは、いつもとても洗練された格好をしていて、きちんとしていない彼女を見たことはなかったのだそう。病院には様々な人がいます。その中で、家族が毎日訪れるわけでもなくとも、彼女は必ず美しく品よく振る舞うのです。先生はその姿に感動したと語っていました。
「すべて忘れてしまっても、毎日の習慣は消えないんですね。全部忘れて、最後に残ったものが、その人の本質なんだなと感じました」
“Do I look sophisticated ?”
わたくしは洗練されて見えますか?きれいに見えますか、という英語です。少女のようにそう尋ねる彼女。これはメアリーの口癖だったそうです。
「今自分が認知症になったら、どんなふるまいをするか考えました」
そのときわが身を振り返った、と先生は言います。そんな先生は、教えて頂いた一年間、つねに背筋をすっと伸ばし、洗練された身なりと笑顔で教壇に立っていました。
文/フリーライター 夏目侑
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