知るコト知るコト

ケノコト独自の視点から、様々な人や場所、物を取材して、WEBをはじめとする色々な場所で公開します。

取材 2017.08.23

100人100色―海外の優れた絵本を日本の子どもたちに。広島で出版社を立ち上げた児童文学翻訳家ー小島明子さんのお話し

Pocket

それぞれの立場、個々の考え方によって「働く」ことへのスタンスは異なります。正解なんてありません。
「100人100色」では、100人の「働く女性」に登場いただき、等身大の姿を語っていただきます。
年齢、環境、キャリア全ての背景が異なる人たちの100とおりの『想いや生き方』の中に、きっとあなた自身にとってのヒントが見えてくるはずです。

今回ご紹介するのは広島県在住の児童文学翻訳家小島明子さん(42)です。専業主婦として子育てのかたわら、児童文学の翻訳家をめざして勉強を始めた小島さん。児童文学翻訳家の登竜門「いたばし国際絵本翻訳大賞」最優秀翻訳大賞受賞をきっかけに、絵本の出版社“きじとら出版”を立ち上げました。7点の絵本を出版し、現在も新刊を準備中という小島さんの、児童文学翻訳への想いときじとら出版のこれからについて伺いました。

——児童文学翻訳家をめざすまでの道のりを教えてください。

国際基督教大学(ICU)を卒業後、広島大学の大学院に進学し、アメリカ児童文学を専攻しました。その後、広島県庁で8年間公務員生活をし、結婚後退職し子どもが生まれました。もともと海外の文学に興味があり、ぼんやりした夢として翻訳家がありました。主婦になり子どもが生まれて、仕事も辞めているのでまずはやりたい事をやろう、と。それだったら、翻訳の仕事がしたい。実務翻訳など翻訳の種類も色々あるけれど、子育てもしている中でどうせやるなら子どもの本がいいと思い児童文学翻訳家を志しました。

子どもが生まれたのが33歳の時。子育ては楽しいけれど、子どもに手をかけるだけだと、ぼんやりが増していって。出産をきっかけに、真面目に仕事しないといけないと考え、子どもがちょうど1歳になった時に、読書サークルを立ち上げました。このサークルは今でも続けているのですが、英語の原書を読み込んで少しずつ日本語に直し、置き換えて意味が取れているか、細かいところを確認しながら読んでいます。この作業を人に教えられる力をつけるために真面目に勉強しました。

児童文学翻訳家をめざして勉強するなかで、力試しのつもりで「いたばし国際絵本翻訳大賞」に応募を続けていました。絵本の町イタリア・ボローニャと長年の交流がある東京都板橋区が主催する翻訳コンテストで、児童文学翻訳家をめざす学習者にとっては登竜門的な存在といえるでしょうか。最優秀翻訳大賞を受賞した『きょうは、おおかみ』は、3回目に挑戦した同コンテスト英語部門の課題絵本です。参加を申し込み、原書が送られてきたときには、その美しさに一目ぼれでした。イギリスの作家ヴァージニア・ウルフをモチーフに、心の内面を扱った作品で、絵本でなければ表現のできない深さを感じました。

——起業して出版社を立ち上げるまでの経緯をお聞かせください。

本の仕事がしたいという思いから児童文学翻訳家をめざしていましたので、「いたばし国際絵本翻訳大賞」受賞後に出版の予定がないと知り、とても残念に思いました。と同時に、自分で出版社を立ち上げるチャンスではないかとの思いが浮かんだのです。自分の訳書を出したい気持ちはもちろんのこと、同じようにがんばっている方たちの訳書デビューを手助けしたい、なにより、数ある海外絵本のなかから選び抜かれた作品を日本に紹介したい、という気持ちで、きじとら出版を立ち上げました。

「きじとら」というのは猫です。実家でいろいろな種類の猫を飼ったのですが、10年以上長くいたのがきじトラの2匹でした。そこから、身近にいて息の長い、長く愛される出版社にと思いを込めて社名にしました。子どもが「ひらがながいいよね」と言ったので、ひらがな表記になりました。

私はもともと引っ込み思案な性格でしたが、出版社として書店営業もしなければなりません。起業でお世話になっていたコンサルタントの方に、「出版した絵本のチラシを知り合いに渡すとき、買ってくれと言っているみたいで恥ずかしいです」と言ったら、「それは小島さんの人柄だからいいんですけど、きじとら出版の社長としてはしっかりPRをしてください」と言われて、そうだなと思うようになりました。今回もそうですが、取材が来たら絶対に受ける。PRすることは会社にとって役に立つ、ありがたいこと。そう思って一度取材などを受け始めたら、とても楽しくて好きになりました。

画像1
▶きじとら出版の絵本

 

——絵本の魅力に気づいたきっかけは何ですか?

子どものころから、ごく自然に絵本に触れていました。とりわけ、福音館書店の「こどものとも」で、作り手の力がこもった作品に数多く出会っていたことは幸福だと思います。成長とともに、いつのまにか遠ざかったものの、子どもが生まれ、育児のなかで絵本に再会。その奥深さ、芸術性の高さに驚きました。例を挙げるなら、レオ・レオニの『あおくんときいろちゃん』(至光社)でしょうか。子どもが紙をちぎって再現できるような、色とかたちの組み合わせをつかった作品で、友だちと遊ぶ楽しさ、家族に認められない悲しさがダイレクトに伝わってきます。そして異なる色が融和し、新たな色を生み出すことの素晴らしさ————ひとつの世界がつまった1冊の絵本は、いつでもどこでも楽しめる、とても贅沢なメディアだと思います。

『きょうは、おおかみ』はカナダの作品ですが、作者のキョウ・マクレアさんはお父様がイギリス人、お母様は日本の方です。画家のイザベル・アーセノーさんは、フランス語圏のケベック州に住んでいらっしゃいます。それぞれの作品には作家のバックグラウンドが反映されるので、色彩や温度など、独特な空気感がかもしだされるように思います。絵本は家にいながらにして、海外の文化に触れられる、旅のようなものではないでしょうか。背景はどこか違っても、登場人物の気持ちには共感ができる。お母さんが大好きだったり、ひとりぼっちがさみしかったり。外国の子どもたちも同じように感じているのだと気づくと、遠い国も身近に思えますよね。

画像2
▶仕事風景
 

——子育てしながらの出版社設立、周囲の反応はどうでしたか?

私が今まで翻訳家になりたいと勉強していたこと、そのための起業であることを知っていたので、身近にいる人の反対はなかったです。私は仕事に気持ちが向かうと、家の事が雑になってくるんですが、夫は文句を言わず理解してくれています。土日に料理してくれたり、すごく恵まれていると思いますね。両親は近くに住んでいるので、子どもを散歩に連れ出してくれて、その間に仕事をがーっとやったり。義両親からの反対もなく、「いいんじゃないか、いいんじゃないか」と。たまに会社が新聞に取り上げられると、それが嬉しいみたいで。あまり親孝行できていないけど、そう思ってもらえてありがたいなと思います。

出版社を立ち上げたのは子どもが幼稚園の年長のときで、まだまだ甘えたい年頃だったので、家で仕事をしていると邪魔をしにくることもありました。電話をしているそばで、大きな声で話しかけてきたり……。でも、「絵本をつくるためにがんばっているからね」というと、納得してくれたようです。初めての絵本が書店に並んだときには、一緒に大喜びしてくれました!息子も、大きくなったらきじとら出版の社員になると言っています。お客さんが来ると、きじとら出版の絵本を広げて見せてあげたり、今回の取材も「いつ来るの?」ととても気にしていました(笑)。

一方で、翻訳家の恩師や翻訳クラブの先輩方には反対されたんです。出版不況と呼ばれていて、出版社が立ち上がっては潰れていく。出版社をつくるなんていう冒険をすべきではないと、冷静なアドバイスをいただきました。でも地方にいるから実感がなくて、そこまで出版業界が危機的状況だというのが分かっていない。知らないことの強み、というか情報が入りにくいから気持ちが楽で。本の流通や印刷は東京でやってもらっているし、東京が中心なのは分かっていますが、いまは電話やメールもありますし。広島出身で、たまたま両親が近くにいて、運が良かったと思います。

画像3
▶MARUZEN&ジュンク堂書店広島店の「きじとら出版コーナー」を前に喜ぶ息子
 

——夢を実現することができた要因は何だと思いますか?

運が良かった。運はかなりあると思います。仕事でできた人間関係が巡り巡って、応援してくださる方たちとかうまい具合に繋がってるんです。自分だけの力じゃないなと思います。どこかから差し伸べられるというか。差し伸べられ私の場合は「いたばし国際翻訳大賞」で最優秀翻訳大賞をいただいたことが一つの大きなチャンスになったので、大賞受賞がただの経歴で終わるのはもったいないなと思い、このチャンスにしがみつきました。本の出版も、いまのところは8点ですが、1点1点にすごく粘り強くPRしています。

——これまでにぶつかった壁はありますか?

翻訳家デビューの壁でしょうか。地方在住でお金も時間も余裕がない一児の母でしたので、翻訳スクールに通うこともできず。出版社に郵送等でいくつか企画の持ち込みも試みましたが、いずれも実現には至りませんでした。

英語の勉強を兼ねて実務翻訳の校正アルバイトをしたり、英語の児童書を原書で読む講座を立ち上げたりしました。わずかながら収入ができたことで、気になる洋書をためらいなく買えるようになり、まさに一石二鳥でした!

自分にとって重要な居場所となったのが、海外児童書を愛する翻訳学習者のオンラインサークル「やまねこ翻訳クラブ」です。翻訳家として活躍されている先輩方も多く、モチベーションの糧となりました。同クラブでは「いたばし国際絵本翻訳大賞」事後勉強会も開催され、同じ志を持つ仲間たちと切磋琢磨することができたことが、貴重な経験となっています。

——忘れられないお仕事のエピソードをお聞かせください。

読者の心に作品が届いたとき、出版を実現した意義を感じます。『きょうは、おおかみ』は、イライラむしゃくしゃ、おおかみのようになった妹と、寄り添う姉のお話です。ベッドから出られず、落ち込み、世界がモノクロになってしまう。そのつらさを経験したことのある読者には、この絵本が特別な存在となっていて、「救い」であるとおっしゃってくださった方もいます。闘病中のご家族を支えていらっしゃる方もまた、共感の言葉を寄せてくださいました。素晴らしい海外絵本を日本で紹介するお仕事ができて、本当にうれしく思います。

——子育てと仕事の両立について教えてください。

自宅を仕事場にしているため、家事を含め、すべてミックスモードです(笑)。朝起きてから夜寝るまで、そのときそのときにできることを順番にこなしていく感じで、まったく切り替えができず……。子どもが小さいときには、公園で仕事の電話を取ることもしばしばでした。夜のうちに仕事を進めるもりでも、添い寝してそのまま……ということもありましたね。

息子が3年生になった今は、日中まとまった時間が取れるようになり、だいぶ楽になりました。学校から子どもが帰るといったんひと休みをして、一緒におやつタイムを取るようにしています。あとは、子どもが宿題をしている隣でパソコンを打ったり。お休みの日も、隙をみては仕事をしています(笑)。

画像5
▶きじとら出版刊『船を見にいく』
 

——児童文学翻訳家をめざす方にアドバイスがありましたらお願いいたします。

実力を持っている人はどんどんアタックした方がいいと思います。賞に限らず、持ち込みとか、本当にやる気があるならやった方がいい。翻訳家をめざす方は人柄がよくて控えめな方が多いと思います。でも前に出ていかないと仕事が来るようにはならない。待っていて仕事が来るのは実績のある一握りの方です。資格に関しては民間の翻訳検定などありますが、特に翻訳家になるために必要ではありません。

画像4
 

——これからチャレンジしたいことは?

きじとら出版の既刊絵本8点のうち、3点はイタリアの絵本です。英語の作品でも『世界のまんなかの島 〜わたしのオラーニ〜』の舞台はイタリアのサルデーニャ島、『たびネコさん 〜ぐるりヨーロッパ街歩き〜』は、ローマが旅の起点となります。私はイタリアに行ったことがなく、憧れがつのるばかりで! イタリアの絵本を扱ううちに、自分でもイタリア語が分かるといいなあと思うようになりました。といいつつ、自分で読めない原書の日本語訳を読んだときの感動も捨てがたく、半分半分の気持ちです。

——新刊情報がありましたら教えてください。

カナダを代表する画家ピエール・プラットが絵を手掛けたユーモラスな絵本『こらっ、どろぼう!』が7月に刊行されました。イタリアを代表する絵本作家ベアトリーチェ・アレマーニャのベストセラー『こどもってね……』が刊行予定です。いずれも「第23回いたばし国際絵本翻訳大賞」を受賞した絵本で、この2作をきじとら出版のラインアップに加えることができ、本当に幸運だと思います。絵本そのもののおもしろさに、翻訳の楽しさが加わりました。ぜひお手にとってみてください。

画像6
▶新刊の絵本『こらっ、どろぼう!』・『こどもってね……』 (9月刊行予定)
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
引っ込み思案だったという小島さんが「出版されないのなら、自分で出版社をつくろう」と自ら出版社を立ち上げ、絵本の出版を実現。「運が良かった」と小島さんは語りますが、長年あたためてきた児童文学への深い愛情が周囲の人々の心を動かし、出版という形で実を結んだのでしょう。海外の優れた絵本の楽しさを日本の子どもたちに届けてくれる、きじとら出版のこれからが楽しみです。

 
取材・記事/
いろんな女性の働く・暮らすを知ること 『100人100色』は、SAISON CHIENOWAとケノコトの共同記事です。

chienowaロゴ
働く・暮らす・子育てなど、クレディセゾンで働く社員が当事者目線で選び抜いたコンテンツを発信。
「新しい働き方と暮らし」をコンセプトにしたキュレーションメディアです。
セゾンチエノワのサイトはこちら
セゾンチエノワのFacebookページはこちら

(黒文字)100人100色
SAISON CHIENOWA ×ケノコト 連載企画
いろんな女性の働く・暮らすを知ること。
100人100色記事一覧はこちら

小島さんのお仕事関連のサイトこちら
きじとら出版のサイト
きじとら出版のfacebookページ
きじとら出版のTwitter

Pocket

コメント

コメント欄


instagram-iconみんなのInstagram

人気の記事

2018.06.19

隠し味に最適 季節の保存食『梅しごとのススメ』

2018.06.11

台所育児エッセイ「暮らしに恋して」『 01 運動会』

2018.06.06

二十四節気の暮らし方『稲の撒き時「芒種」』時間の過ごし方を振り返ろう

2018.06.05

爽やか、お洒落な前菜『真ダコと夏野菜のジュレスープ』

2018.06.03

簡単!しっとり『鶏ムネ肉のチャーシュー風と味玉』

2018.05.31

梅雨の季節のお楽しみ!お家を彩る『あじさいリース』

2018.05.28

卵・乳・砂糖不使用『出がらしコーヒーの大人クッキー』

2018.05.27

今年こそチャレンジ!季節の梅仕事『梅味噌』

2018.05.26

日本の暮らし色『虹の色はどんな色?』日本人の光の変化の捉え方

2018.05.25

発達障害ってなぁに?シリーズ その4『うちの子、発達障害?!と思ったら』

編集部おすすめ記事

2018.06.15

自分らしい暮らしに出会う『コンセプトで選ぶ新しいシェアハウスの形』

2018.06.10

お弁当作りのお悩み解決『覚えておきたい新しいお弁当作りのコツ』

2018.06.08

夏休みに向けて親子でやってみよう『子供部屋の整理整頓』

2018.06.07

暑い日にはさっぱりと♪『梅トマトサバそうめん』

2018.06.04

日本の暮らしの言葉『梅雨を彩る言葉たち』〜水無月の暮らし〜

2018.06.03

簡単!しっとり『鶏ムネ肉のチャーシュー風と味玉』

2018.06.01

【ケノコトInstagram企画】6月の「日常のコト」を『#水無月のコト』で投稿しよう

2018.06.01

子どもと遊びつくしても『涼しげ美人』この夏はナチュラルメイクを崩さない

2018.05.31

梅雨の季節のお楽しみ!お家を彩る『あじさいリース』

2018.05.31

里山からのお便り『合鴨のお米づくり』その2〜苗づくりが始まりました〜

月間人気記事

2017.03.15

管理栄養士が教える『デトックスウォーターの美容効果と注意点』

2017.04.01

脇の下を押すと痛くない?『脇コリの解消は 肩こり解消にもつながる』

2017.07.16

こんな症状は危険かも『スマホのウイルス感染症状7つをチェック』

2018.03.31

編集部おすすめ『週に1度の作り置きレシピ「玉ねぎ」の常備菜』

2017.04.06

どんなおやつを選択してる?『低GIなお菓子を選んでみよう』

2016.12.29

編集部おすすめ『週に1度の作り置きレシピ「トマト」の常備菜その1』

2017.09.19

編集部おすすめ『週に1度の作り置きレシピ「なす」の常備菜』

2017.08.24

編集部おすすめ『週に1度の作り置きレシピ「キャベツ」の常備菜』

2017.09.14

指先のカサカサを直したい!『指先の乾燥の原因とケア方法』

2017.09.05

編集部おすすめ『週に1度の作り置きレシピ「豚肉」の常備菜』